観音崎今昔写真館
ヤマユリの里

昔々
  
 今は昔,1965(S40)年頃,観音崎の山々はクロマツがまばらに生えている日当たりの良い林でした。マツの下にはヤマユリも沢山生えていたのですが,林を構成する樹種が,マツから日当たりの遮られるシイやタブ等の照葉樹に変わるにつれて減少していきました。
 

2005.6.27撮影
 
 それを憂えて神奈川県土木事務所は1991(H3)年12月,旧観音崎自然博物館があった場所(現在のたたら浜園地)の右側山の上に「県花山ゆり育成地」を造成しました。ところが,私が初めてこの地を訪れた2005(H17)年6月にはヤマユリの姿は一株も見当たらず,写真の解説板だけが無残な姿で草むらに放置されていました。ヤマユリ減少の原因は植生の変化のみならず心ない人々による盗掘にあったのです。それでも当時園内全体では,危険な崖地や球根を掘り起こしにくい場所等に30~40株程度のヤマユリが残されていました。

 (注)上の解説看板ではヤマユリの開花時期が7~8月,下の看板では7月~とありますが,観音崎のヤマユリの開花時期は,地球温暖化の影響で近年は6月中旬~7月上旬になっています。
 

2005.6.27撮影
 
ヤマユリの里・復活活動
  
 その後,公園内に残された30~40ヶ所程度のヤマユリ自生地も年を追うごとにその数を少しずつ減らしていった。原因としては「植生の変化」「盗掘」「崩壊土砂対策工事」「台風による倒木」等々が考えられるが,減少に歯止めがかからないのが現実。このままでは観音崎からヤマユリが姿を消してしまう!そのことに危機感を持って起ち上がったのが「観音崎の植物を守る会(現・自然を守る会)」の有志達。

 2015(H27)年,植物を守る会のアドバイザーで現・自然を守る会代表の瀬長剛氏(昆虫や植物細密画のプロで造園設計コンサルタント)の提案によりヤマユリの栽培に取り組むことになった。栽培方法は「種子栽培」と「鱗片栽培」の2種類。「種子栽培」の場合,播種から一輪開花まで順調にいって5~6年。「鱗片栽培」の場合,挿し芽から一輪開花まで3~4年。いずれにしても息の長い活動が必要とされるという。

 平均年齢70代半ば?の会員達からは「是非,自分たちで栽培したヤマユリの花を一目でも見てみたい!」「開花するまで生きているかどうかわからないけど?」冗談とも本気ともつかない意見も飛び出す中,活動はスタートした。尚,この時点での自生ヤマユリの自生地数は園内全体で15ヶ所程度に減少,大きな群落は皆無の状態になっていた。

 作業は植物栽培用に指定管理者から提供された管理事務所裏の圃場で行われ,プランターや用土類は指定管理者手配。栽培用の種子・球根の採取,播種・挿し芽・一年ごとの植え替え作業は植物を守る会が担当。管理主任と管理員が各一名,活動を補助することになった。
 
活 動 過 程
鱗片栽培 - 球根採取
2016.02
鱗片挿し芽
2016.09
園内定植
2019.01
開  花
2019.06
種子栽培 人工授粉
2015.06
蒴果採取
2015.11
種子播種
2015.12
園内定植
2020.01
開  花
2020.06
活動過程詳細は「ヤマユリ」のページ参照
 
解説看板の設置
 
 上記過程を経て園内に定植した鱗片栽培の球根が2019年4月に発芽。茎が伸びて日毎に生長,ツボミが膨らみ始めると会員達は少々不安になった。園路沿いに植えた球根が心ない人に盗掘されないだろうか? ツボミが膨らみ開花したら,茎を切り取って持ち去られないだろうか? 「県花ヤマユリ育成地」の悪夢が脳裏をよぎった。

 そこで提案されたのが,来園者へ理解・協力を呼びかける解説看板の設置。早速,設置趣旨と看板原稿を作成して指定管理者へ提出したところ快諾。数日後には園路沿いの定植ヶ所に粋な看板が登場した。この看板の効果は絶大で,現在に至るまで一ヶ所も盗掘された形跡はない。
   
  
      
 
自生ヤマユリの今昔
 「昔」と言ってもそれほど遠い昔の話ではない。新型コロナウィルス発生直後の2020(R2)年6月,ヤマユリの開花状況が気になり園内を一人ブラブラ散策。13ヶ所で自生を確認したが,1ヶ所1~3株程度で今や風前の灯火の感があった。

 そして「今」コロナ禍がようやく下火になった2023(R5)6月,3回に分けて園内のヤマユリ自生地を訪ねてみた。まず手始めに6ヶ所自生地のあった観音埼灯台付近を訪ねて驚いた。1株もヤマユリが見当たらない。比較的盗掘可能と思われる1ヶ所はともかく,近づくことすら危険と思われる5ヶ所のヤマユリが一株残らず消滅していたのだ。

 「地球温暖化?」「植生の変化?」謎は深まるばかり。その後,「昔」3年前確認した自生地を7ヶ所訪れてみたが,結果として自生を確認できたのは3ヶ所に止まった。消滅してしまった代表例として灯台近くの崖に生えていたヤマユリをご紹介したい。
灯台近くのヤマユリ・

人工授粉中  2015.6.24
 

2020.6.26
 
灯台近くのヤマユリ・

2023.6.27
 
森のロッジ近くのヤマユリ・
 森のロッジ近くには2株のヤマユリが自生。特に1株は毎年10数個の花をつけ,その美しい姿香りは,訪れる人を癒やしてくれていた。そこで人工授粉に際してこのヤマユリの花粉を採取,近親交配を避けるため遠く離れた灯台近くの花に授粉させ。逆に灯台近くのヤマユリの花粉をこの花に授粉させた。

 その結果それぞれ立派な蒴果が実った。ところが灯台近くの蒴果は無事だったものの,この花の蒴果は採取予定の前日,全てを何者かによって持ち去られてしまった。翌年,リベンジを計画したが,花の数は激減,何故か?全体に勢いが感じられない。どうやら何者かが球根を盗掘しようとしたが,周辺の木々やアズマネザサの根が複雑に絡み合って球根を守り掘り起こせず,鱗片を可能な限り持ち去った?と思われる。何とも自分勝手な人間もいるものだ。
 

2015.6.25
  

2015.11.9
  
森のロッジ近くのヤマユリ・今

2023.6.28
 
栽培ヤマユリの今昔
 自生ヤマユリの現状確認と合わせて,栽培ヤマユリの球根を多数定植した下図ABCの3ヶ所へも行ってみた。いずれも環境条件は良い筈だが,安全を考慮して園路沿いの比較的低地に移植したため,盗掘されてほとんど消滅してしまったのでは?

 心配は杞憂に終わり,3ヶ所ともそれぞれ大輪のヤマユリが多数咲き誇っていた。特にA地点は環境条件が余程適していたのか,予想以上に見事に育っていた。それに次いでC地点の状態が良く,B地点は日照条件が少し悪いのか,AC地点ほどの勢いは感じられなかった。

 いずれの場所も定植時に危惧した盗掘の形跡は皆無。解説看板の効果は絶大なようで,解説看板がいずれ劣化して消滅してもこの状態が続くことを期待したい。尚,D地点は盗掘を恐れて,その心配のない高所へ試験的に定植したのだが,皮肉にも水不足?で枯れてしまったようだ。残念ながら,翌年その姿を確認することすらできなかった。 
   
 
A地点・昔

2019.1.8
A地点・

2023.6.26
 
B地点・昔

2019.1.8
B地点・今

2023.6.26
 
C地点・昔

2020.1.14
C地点・今

2023.6.26
 
D地点・昔
この地点に定植した球根は水不足?で枯れてしまったようで消滅
  

2019.1.8

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 観音崎の植物を守る会
(現・観音崎の自然を守る会)
  
 2006年度(H18)から指定管理者制度が導入された結果,公園の管理が,それ迄長年にわたり管理してきた業者から新しい業者に代わった。旧業者から新業者へはそれなりの引き継ぎが行われたと思われるが,いろいろな不具合が発生した。

 その一つが植物の管理。新業者は都市公園の管理を得意とするのか,園地は勿論,園路沿いの草や低木類を十把一絡げに,管理員が機械で刈り払ってしまう。園内はそれ迄に増して綺麗になっていった。来園者の中にはそれを喜ぶ人もいたが,心を痛めたのが植物愛好家。観音崎公園は都市公園ではあるが,一般の都市公園とは異なり,「自然・都市公園」と名づけたいほど自然豊かな公園。園内には市街地から姿を消してしまった在来植物も数多く自生している。

 そこで起ち上がったのが,公園案内のボランティアをしているフィールドレンジャーの植物愛好家有志。このままでは観音崎の貴重な在来植物が消滅してしまう!との危機感から2007(H19)年11月に10名の同志が結集して「観音崎の植物を守る会」を設立した。活動のスローガンは「観音崎の貴重な在来植物を守り,次世代にバトンタッチしよう!」

 尚,「観音崎の植物を守る会」は会員の高齢化と減少に伴い,2020(R2)年4月,園内で類似した活動をしてきた「観音崎の昆虫と自然の会」と合併,「観音崎の自然を守る会」として現在も活動を継続しています。