観音崎砲台跡
@ 北門第一砲台
場所の名称:北門第一砲台跡

起 工 明治13年(1880)
竣 工 明治17年(1884)
24センチ砲据付 明治27年(1894)
除 籍 大正 4年(1915)
大砲種類 24センチ加農砲
砲座数 2砲座
レンガ構造 フランス積
平成17年(2005)見学記
 
 北門第一砲台は左右一対2門の砲座からなり,24センチ口径加農砲が2門設置され,海門の通過を企てる敵艦に対して,予めなし得る妨害を与えることを任務としていた。両砲台はフランス積で造られたトンネルで通じており,地下には弾薬庫や兵員室などがあった。・・・見学会配付資料から転載
 
明治150年(2018)追記
  
 見学会から13年が経過した第一砲台は,周辺の木々が生長してより鬱蒼とした雰囲気を醸し出していた。それ以外はあまり大きな変化は感じられないが,第一砲台は第二砲台と共に日本で初めて建設された西洋式砲台で,歴史的にも貴重な遺構であることからも現状維持にとどまらず,建設当時の状態にできる限り復元することが望まれる。
 2門の砲台は左右対称で,両砲台間には連絡用通路としてトンネルがあり,トンネル内には2ヶ所の揚騨井,その地下には砲側弾薬庫が設けられている。しかしながら下図の内,砲側弾薬庫は地下へ通じる階段が道路下に埋没,掩蔽部・トンネル内揚騨井は開口部分がコンクリートで閉ざされているため内部を窺うことはできない。

 また,トンネルの内外及び隠蔽部は建設当時レンガ造りであったが,戦後,レンガの表面にモルタルが塗布されてしまった。しかしその後,経年変化でモルタルが劣化・剥落した箇所がトンネルの内外壁面等で散見される。
     
右砲座
  
左砲座
  
トンネル
  
トンネル内揚騨井
  
地下砲側弾薬庫・出入口上部
  
掩蔽部出入口
  

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