アカニシ
(赤螺)

 最近話題のスカシカシパンを探し求めて,走水海水浴場へ出かけた。走水海水浴場はほとんどが砂地で,スカシカシパンが棲息する可能性は大きい。海水浴シーズンとあって,かなりの人出だが,観音崎海水浴場やたたら浜に比べるとだいぶ少ない。

 浜辺に辿り着いてまず驚いたのはアマモ場の広さだった。見渡す限りアマモ場が広がっている。水質汚染等で一時はほとんど姿を消したアマモだが,環境が改善されたこともあって,復活が著しい。

 アマモ場は稚魚のすみかとなり,水質浄化にも効果があるので好ましいことだが,海水浴客には迷惑な存在のようだ。泳ぐのをあきらめた人は波打ち際で潮干狩り,泳ぎたい人は沖合へ行っている。
2008.7.20
ウミホオズキ?
  
 私はほとんど人のいない水深30〜50cm位のアマモ場を探したが,お目当てのスカシカシパンは見つからず,収穫はハスノハカシパン1ヶだけ。ガッカリしながらも諦めきれずウロチョロしていると,妙なものが目についた。

 ウミホオズキ?私は我が目を疑った。今では幻と思っていたウミホオズキがそこにある。長さ30cm,直径15cm位の石にへばりついている。石を拾い上げてみると,サザエより若干小さな貝が,ウミホオズキを呑み込もうとしていた。
  
 不届きもの?の貝を引き離そうとしたが,簡単には剥がれない。裏返してみると,貝はアカニシだった。アカニシを強引にウミホオズキから引き離し,それぞれの写真を撮り終わってから,遅ればせながら,あることに気づいた。ウミホオズキはアカニシの卵嚢かもしれない? 私は慌ててアカニシとウミホオズキがついた石を元の場所に戻したが,何となく後ろめたい気持ちが残った。
   
 その後,アマモ場を改めて見直したところ,数個のウミホオズキを見つけた。主は不明だが,アマモ場の復活と共に,僅かながらもウミホオズキが戻ってきたようだ。お目当てのスカシカシパンを見つけることはできなかったが,私には大発見だった。
    
ナギナタホオズキ
     
 帰宅後,気になっていたウミホオズキの主を調べたところ予感が的中。主はアカニシだった。無知とは恐ろしいもので,私は産卵中のアカニシを卵嚢から引き離してしまっていたのだ。

 その後判ったことだが,ウミホオズキと呼ばれるのは,テングニシの卵嚢のことで,アカニシの卵嚢はナギナタホオズキと呼ばれているようだ。アカニシの卵嚢の写真を拡大してみると,確かに,薙刀(なぎなた)に似た形状をしていた。
    
 夕食後,この写真を母に見せて尋ねた。「これなんだか判る?」「ナギナタホオズキだろう!珍しいね!50年以上も昔,お祭りで見たのが最後だけど,子どもの頃はウミホオズキやナギナタホオズキを鳴らして遊んだものさ。」東京・大森の漁師の家に生まれ育った,今年90歳を迎えた母が,目を輝かして懐かしんでいた。ナギナタホオズキという名前を知っていたのは意外だった。

 私はナギナタホオズキという名前を知らなかったが,記憶は母と重なる。小学校2〜6年生の間,今から55〜60年前,東京・品川の鮫洲に住んでいたが,八幡様の夏祭りでウミホオズキ屋さんを毎年見かけた記憶がある。

 ウミホオズキ屋さんは毎年同じ場所に店を出した。石造りの塀際に,大人の背丈ほどの木製のひな壇を作り,ヒノキかマツか忘れたが針葉樹の葉を引きつめ,小さな竹カゴに赤や緑に着色したウミホオズキを入れて売っていた。時折,ジョウロで水をかけながら。

 ウミホオズキ屋さんのお客はほとんど女の子だった。浴衣を着た娘や幼子達が,嬉しそうに買っていた。お姉さん達はウミホオズキを口に含み,キュッキュッと小気味よい音を立てる。幼子にはそれができない。お姉さんは口を開け,舌の上にウミホオズキを載せ,鳴らし方を教えていた。遠い遠い昔の思い出が,走馬燈のように脳裏に浮かび,そして消えた。
余     談
   
 アカニシという名前から,私は何故か高校の教科書で読んだ,志賀直哉の短編小説「赤西蠣太」を思い出す。家内曰く「肝心なことは直ぐ忘れてしまうのに,どうでも良いようなことは良く憶えてるわね!」これが私の特技?
 
 あらすじ:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用
 白石城主、片倉景長から伊達兵部と原田甲斐の悪事(伊達騒動)を探るため派遣された間者、赤西蠣太は醜い顔立ちの上胃弱、しかし大変お人よしである。おおよその事を調べ終えた彼は国許へ戻ろうとするが、正式に暇をもらおうとして故障を言われると困るので、夜逃げを企てる。ただ夜逃げするのにそれなりの理由がないと怪しまれてしまうため、美人と評判の腰元、小江に恋文を送る。こっぴどくふられるはずだったがなんと小江は求愛を受け入れてしまう。蠣太は小江の清い心を傷つけたことをいたずらにつかおうとしたことを後悔する。さらに人目に触れるようにと廊下においていた手紙は老女蝦夷菊に拾われて、彼の手元に返される。仕方なく、老女に置手紙を残して脱走する。

 
ストーリーも落語風で面白いが,登場人物の名前のほとんどに,魚介類等の名前がつけられていたのが記憶に残っている。主人公の赤西蠣太は勿論,その数は呆れるほど多い。漫画「サザエさん」の登場人物に魚介類等の名前がつけられていることは,ご存知の方も多いと思うが,作者の長谷川町子さんは,ヒョッとするとこの短編小説からヒントを貰ったのかもしれない。

 「赤西蠣太」登場人物:
小江(サザエ),按摩安甲,角又之進,入船屋右衛門,平,浅利貝之丞,可児才蔵,興津之進,青鮫鱒次郎,千代,青鮫の妾お,侍女若芽,老女沖ノ石多古七兵衛,多良肝介,鞍毛平馬,木須長兵衛,海老名勘十,崎半平等々。

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