ク ズ
(葛)



マメ科  つる性多年草


萬葉の時代から
葛   粉
久 寿 餅
葛 根 湯
つる植物の効用
シャチホコ?

萬葉の時代から
            

 クズが花盛りだ。クズは繁殖力が旺盛なこともあって,観音崎公園内をはじめ,周辺の空き地や傾斜地等,クズの花をいたるところで見ることができる。クズは萬葉の時代から人々に親しまれてきた植物で,山上憶良の秋の七草の歌「萩の花尾花葛花瞿麦の花 女郎花また藤袴朝貌の花」に登場することで知られている。
 (注)瞿麦:ナデシコ,女郎花:オミナエシ,朝貌の花:キキョウ
2006.9.13
  

2006.9.10
  

2007.8.2
 春の七草が七草で粥を作り,一年間の無病息災を願いながら食べるのに対し,秋の七草はその花を眺め楽しむもののようだが,クズがその一つに数えられることに,私は以前から何故か違和感を抱いていた。

 クズの花は確かにそれなりの美しさがある。しかしながら,他の樹木や背の高い雑草等に巻きついて繁茂する姿はあまり美しいとは言えない。本当に萬葉の人々はクズを美しい花として愛でていたのだろうか?

 そんな素朴な疑問を解明する為,横須賀市立図書館へ出かけ,萬葉集に関する書物を片っ端から紐解いてみた。紐解くというと格好が良いが,私のあまり得意とする作業ではない。それでもあれこれ拾い読みする内に「萬葉植物事典」という定価¥26,250.の立派な書物に出会い,私の疑問は氷解した。
  
 大貫茂著「萬葉植物事典」によれば,萬葉集にはクズを題材とした歌が十八首もあるが,花を詠んだのは山上憶良の「秋の七草」の歌一首のみで,他の歌はクズのたくましい生命力やクズの繊維を用いて衣にして着た情景等を詠ったものだという。私としては我が意を得たりの気分だ。

 ついでながら,同事典によれば「花はせんじて飲めば二日酔いに効果があり,根は頭痛,解熱剤となる。根から採れるでん粉は葛粉となり,茎は行李,葛布織,かご編みなどに利用する。」とあった。クズの用途は広く,それが萬葉の人々に愛された所以と思われる。山上憶良も恐らく単なる花の美しさだけでなく,クズのこれらの効用を念頭に秋の七草の一つに加えたのかもしれない。
  
  
葛   粉
            
 クズは9月下旬頃になると実をつける。一見してマメ科の植物とわかる形で,枝豆に似た感じだが,タネは貧弱であまり美味そうではない。繁殖はタネからの発芽の他に,茎の所々から根を出し株を広げるので,タネがそれ程立派でなくても繁殖に支障ないようだ。

 10月も終わりに近づく頃には,葉は枯れて落ちてしまうが,つるは年を追うごとに太くなりやや木質化する。根は太って山芋状になり,大量のデンプンが蓄えられている。このデンプンが加工されて葛粉となる。
  

2005.9.27
  

2006.1.9
 葛粉は「クズの根からつくったでんぷん。10月から翌年2月ぐらいの間に掘った根を,木板または石盤の上にのせ,つちでたたいて布袋に入れてでんぷんをもみだす。沈殿したでんぷんを乾燥し製品とする。山地としては奈良県吉野が有名であるが,年産量は少なく,ジャガイモでんぷんの混用,代用も多い。消化が良く,病人・小児の栄養食のほか,菓子材料・料理など用途が広い。」……小学館発行「世界原色百科事典」から転載

 上記説明は昭和41年発行の初版から転載した伝統的な製法で,それから40年が経過,今ではこれらの工程も機械化されているようだ。しかしながら,クズの根の採集は今でも「掘り子」と呼ばれる人頼みのため年産量は少なく,純正な葛粉「本葛粉」は価格も高い。そのため他のデンプンを混用した製品「くず粉」も多く出回っていて,ジャガイモの他にサツマイモ・タピオカ・コンスターチ等のデンプンが使用されている。当然のことながら,その混入率が高いほど製品価格が安くなるが,混入率が表示されているケースは少ない。 
  
久 寿 餅
            
 食いしん坊の私は,クズから直ぐに「クズモチ」を連想する。結婚以来30数年間,我が家では毎年正月,川崎大師へ初詣に行き,土産に名物の「久寿餅」を買ってくるのが恒例となっている。帰宅後「久寿餅」を仏壇と神棚に供え,翌朝,小さく三角に切り分け,黒蜜をかけた上にきな粉を振りかけて食べる。素朴で飽きのこない味だ。

 その「久寿餅」の原料は葛粉で,「久寿餅」という商品名は,縁起をかつぎ洒落てネーミングしているものと,この30年間思いこんできた。ところが,「久寿餅」の主原料は小麦粉の澱粉で,葛粉は一切使用されていないという。このページを作成するに当たり,あれこれ調べている過程でこのことを初めて知ったが,「クズモチ」と名乗るのは看板に偽りありではないか?と抗議したい気持ちである。

 しかしながら,川崎大師山門前にある「久寿餅」の老舗「住吉」のホームページ久寿餅のいわれを読むと,小麦粉のデンプンで作られた餅が「久寿餅」と名づけられたのは天保年間,以来160年が経過,「久寿餅」を「葛餅」と思いこむのはこちらの勝手で,我が身の不明を恥じるしかないようだ。
  
  
葛 根 湯
            
 クズから連想するものに「葛根湯」がある。その名の通り,葛の根を原料にした漢方の万能薬だ。最近,耳にしたことはないが,昔,ラジオで「葛根湯医者」という落語の小咄で,その万能薬ぶりが面白おかしく演じられていた記憶がある。

 「葛根湯医者」のあらすじ

 昔はそうとういい加減な医者もいたようで,「あ〜 あなたはどこが悪いの?」 「へ〜 どうも頭がいたいんで。」 「あ〜 それは頭痛という奴だな。葛根湯を飲んでごらん。」「次の方は?」 「へ〜 お腹がしくしく痛むんで。」 「あ〜 それは腹痛だな。葛根湯を飲みなさい。」「その次の方は?」 「へ〜 あっしは目が痛くて。」 「あ〜それは眼病だな。目は人間のまなこと言い大事にしなさい。葛根湯を飲んでごらん。」「その隣の方は?」 「あっしは兄貴の付き添いできただけで。」 「それはご苦労さん。まあ葛根湯でもおあがり。」……こんな調子でどんな病気にも葛根湯を飲ませる藪医者を「葛根湯医者」と皮肉っていたようだが,反面,葛根湯がそれだけ万能薬として愛されていたことがうかがえる。

 因みに我が家の薬箱を覗いたところ,なんと葛根湯が出てきた。使用期限は2005年12月とあり,相当前に購入したもののようだ。箱の中を見ると,12包中,6包残っていたので,6包は家内が飲んだらしい。今度,二日酔いかカゼでも引いた時,私も試しに飲んでみようと思う。
  
つる植物の効用
            
 クズは日本各地に分布する日本古来のつる植物だが,繁殖力が旺盛で,植栽した樹木等に巻きついて繁茂する為,林業的には厄介者として害草扱いされている。ところが,この繁殖力にアメリカ人は注目,戦後アメリカに持ち帰り,家畜の飼料,砂漠緑化や堤防決壊防止等の土壌保全,水源確保等に利用されているという。

 日本では最近,地震や豪雨等による土砂崩れや地滑り,堤防決壊等が頻発しているが,人災的な要素が多分に多いような気がする。市場価値の高い単一樹木や単一草本のみを植栽したり,コンクリートで堤防を築くことも結構だが,クズのようなつる植物の効用を再認識する必要もあるように思われる。

 観音崎公園でも樹木に巻きついて成長するつる植物は厄介者扱いされ,樹齢数十年のヤマフジ,キヅタ,アケビ,テイカカヅラ,フウトウカズラ等々が根元から切断され,姿を消しつつある。その影響かどうかは断定できないが,強風による倒木がこのところ目立つような気がする。

 専門家でもない私がこのようなことを書くのはおこがましいが,人間が人間にとって都合の良い植物だけを重用し,それ以外の植物は害草として除去することは,防災対策だけでなく,生物多様性・食物連鎖の上からも好ましいとは思われない。クズをはじめ嫌われ者・厄介者のつる植物の効用を再考する必要がありそうだ。
  
  
 切断されて間もないフウトウカズラ?を見かけた。根から吸い上げた水が,行き先を失い幹を濡らしていた。シロダモ?に巻きついた樹上の葉は,水の補給を受けられず,生気を失い今にも枯れそうな状態になっていた。
  
  
シャチホコ?
            
 ナンバンギセルの開花状態を見に,100段階段の傾斜地へ出かけた。ススキの群生地の一部にはクズが覆い被さるように繁茂,ススキがいささか気の毒な状態になっている。クズもあまり増えすぎると善し悪しで,ほどほどに除草する必要もあるのでは?

 勝手なことを考えながら,クズとススキをかき分けかき分け,ナンバンギセルを探していると,何げなく目に入ったクズの花が,名古屋城の金のシャチホコそっくりだったので,思わず吹き出してしまった。
 

2007.8.31

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