トビモンオオエダシャク
(鳶紋大枝尺蛾)
チョウ目 シャクガ科
前バネ長さ:28〜38mm
家内がこの虫を発見した時,虫は枝から枝へ移ろうとする瞬間で,若干U字型をしていたため尺取り虫と判ったが,私を呼んでいる間に,人の気配を察したのか棒のようになり,木の枝の一部と化して動かなくなってしまったと言う。この虫には,危険が近づいた時,木の枝に擬態する習性があるようだ。 虫が尺取り虫であることを確認する為,少々気の毒であったが,木の枝から剥がそうとしたところ,思いの外,強い力でしがみついていたのには驚かされた。なんとか剥がしてみると,擬態を続けているつもりか動こうともしない。 |
頭部や脚部の写真を撮った後,脚の内側を拡大して見て驚いた。まるでサルかなにか獣のような脚をしている。これでは簡単に木から剥がせない筈だ。いろいろな角度から写真を撮っていると家内が「その写真,ホームページに載せるのでしょう!タイトルは”尺取物語”にしたら?」と,大口を開けて笑っている。癪に障ったが私好みのネーミングで,どうやら私の頭の中は家内に見透かされているようだ。 |
暫くして,擬態を止め尺取り虫に戻った虫をプルーンに戻し,昆虫図鑑を広げて何の幼虫かあれこれ調べたところ,トビモンオオエダシャクというシャクガの幼虫と判った。危険から自分の身を守る為,いろいろと擬態をする生物は多いが,図鑑には「トビモンオオエダシャクの幼虫は木の枝にそっくりです。」とコメントがついていた。 |
トビモンオオエダシャク♂の成虫 小学館の図鑑NEO「昆虫」から |
顔や擬態を見ているとどこか愛嬌のあるトビモンオオエダシャクの幼虫も,その食草はリンゴやナシ等の果樹類の他に,サクラ・クヌギ・スダジイ・ミズキ・ツバキ等々,広範囲にわたる害虫で,園芸農家にとっては大変な厄介者の存在のようだ。 従って,3月〜6月頃にかけて大発生することのある幼虫は,即,殺虫剤で駆除される運命にあるようだが,とぼけたその顔を眺めていると「害虫?益虫?の分類や色分けは,人間様のご都合で決めたことで,あっしらには関わりのないことでござんす!」とでも言いたげな顔をしている。 観音崎公園を散策すると,時折,尺取り虫が足下を横切ることがある。トビモンオオエダシャクの幼虫の食草である植物が観音崎には多数自生しているので,気をつけて歩けば,このどこか愛嬌のある虫に必ず出会えるような気がする。 |
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「トビモンオオエダシャク」をキーワードに,その幼虫に関する情報をあれこれ読みあさったところ,農業生物資源研究所のページに「トビモンオオエダシャクの幼虫は化学的にも植物に擬態する」と題した興味深い新事実が掲載されていた。 要約すると……「トビモンオオエダシャクの幼虫は,植物の枝に視覚擬態することで鳥類からの補食を免れているが,もう一つの天敵であるアリ類が,視覚よりも嗅覚などの化学感覚によって餌探索をおこなうことから,その攻撃を免れる為,体表ワックスの組成でも寄主植物の枝の成分に化学擬態している。」とある。いかにも学術的で少々難しい表現だが,要するにトビモンオオエダシャクの幼虫は寄生している植物と同じ臭いを発散して,アリ類の嗅覚を欺いているようだ。 |
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2017年4月 restさんという女性からメールを頂戴した。 『マンションの外壁にボロボロの蛾が卵を産みつけ,もう2週間以上も同じ場所にへばりついて「今度は卵を守るぞ!」(1度目に産卵した卵はマンションのお掃除の人に拭かれてしまった。。。)と言っているような気がして毎日気になっていました。写真を撮ってYahoo知恵袋で質問したところ、 トビモンオオエダシャクという名前を教えてもらいました。 そして、その名前で検索しましたら、kamosuzu様の可愛い写真と記事を拝見することが出来たのです。 なんとも可愛い尺取り虫の画像を見せていただきました。このボロボロの蛾からこんな可愛い子が!ということで友達にfacebookで公開したいのすが、ご許可いただけないでしょうか?商業用ではありません。個人的なページです。』 私はメールを読んで少なからず感激した。お友達にfacebookで公開するのに写真の作者に許可を求める。当然と言えばそれ迄のことだが,著作権や特許権が有っても無きがごとき大国も存在する現在,何とも律儀な方だ。またrestさんは蛾は怖いのであまり近づけず,写真は相当望遠で撮ったと言われる。それでいながら卵のことが気になりその名前を調べる。きっとrestさんは好奇心旺盛な優しい女性に違いない。勿論,写真の提供を快諾した。 |
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kamosuzu画像補正前 (C)resut |
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restさんから送られてきた写真を拝見すると,画像が暗いこともあってか,確かに何となく薄気味悪い。卵がゴミのようにも見える。そこで画像の明るさや輪郭をクッキリと補正した写真を送信したところ,後日,返信が届いた。 「わぁ。蛾の写真。綺麗にしてくれたのですね。実はかなり離れたところから望遠で撮っています(笑) facebookでこの親の写真の子は、この子です。っとかいたら、やっぱり、蛾は恐い。尺取り虫はかわいい。っというコメントが多いです。さらにkamosuzuさんの写真は、ものすごく可愛く撮れていて、思わず愛情を感じてしまうような一枚でみんなすご?い!っと言ってくれました。お貸しいただき、どうもありがとうございました。あのボロボロな親からは想像できないほどかわいいので!!!楽しいです!どうもありがとうございます。」 |
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kamosuzu画像補正後 (C)resut |
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2015.8.27付 読売新聞夕刊にトビモンオオエダシャクの記事が載っていた。記事の内容は伊豆諸島の利島でトビモンオオエダシャクが大発生,深刻な被害が出ている由。どこか憎めない愛嬌のある幼虫が,このような被害をもたらすとは,なんとも残念なことだ。 | |
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2015年10月に発行された東京大学教授の藤原晴彦理学博士の著書「だましのテクニックの進化…昆虫の擬態の不思議」の口絵に私の撮影したトビモンオオエダシャクの写真が掲載された。 | |
本を読みすすめると40頁「枝に化ける」の項に興味深い記述が載っていた。 (枝や幹に似せて擬態する虫)シャクトリムシの仲間にも枝に似せる名手がいる。シャクトリムシはシャクガという蛾の仲間の幼虫である。カイコなどと違って腹部には脚がほとんどなく,体の一番後ろと一番前にしか脚がない。人が指で尺(長さ)を測り取るように動くのが特徴だ。 そして,中でも一番素晴らしいのが,エダシャクの擬態だ。トビモンオオエダシャクには茶色と緑色の2種類の幼虫がいるが,いずれも茶や緑の枝に後ろの脚だけでつかまって斜め方向に制止すると,本物の枝と見分けがつかない。一体いつ動くのだろうか?また,緑色の幼虫が茶色の枝(逆もそうだが)に止まることはないのだろうか?その場合目立つはずだから多分ないと思うが,どのようにその行動が制御されているのか興味深い。 ところが,この翌年2016年6月,博士が「多分ないと思うが」といわれた「茶色の幼虫が緑色の枝に止まっている」のを見かけ写真に撮った。 |
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2016.6.8 |