吾輩はマツカサウオである!
(夏日草石賞?候補作品)

 吾輩はマツカサウオである。名前は主人が勝手に松五郎と名づけ,時折「松ちゃん!」などと気安く呼びかけてくるが,吾輩は無視している。

 
 

 生まれは鴨居沖の海中であったが,不覚にも漁師の仕掛けたタイ漁の網にかかり生け捕りにされた。漁船の生け簀の中でこの日捕獲されたタイ共と,我が身の不運を嘆いていると,突然,生け簀の蓋が開き,漁師とタコ入道が覗き込んできた。

 そのタコ入道こそ現在の主人であるが,その日は上機嫌で「孫の初節句」とか「嫁の誕生日」とか「妻との結婚30数周年」とか,いろいろご託を並べ品定め,柄にもなく二匹のタイを買い込んだ。漁師は主人が海水魚を飼っているのを知っていたのか,「マツカサウオを飼わないか?」と勧めると,吾輩を見た主人は小さな声で「幾らくらいするの?」と尋ねた。どうやら,吾輩の硬い大きなウロコで覆われ黄金色に輝く体を見て,フトコロ具合と相談しているらしい。

 漁師が「タイを買っていただいたオマケですよ!」と言うと,途端に相好を崩し「折角だから飼ってみるか」と内心は嬉しいくせに勿体をつけている。なんとも情けない男で,吾輩にとっては迷惑千万な取引である。

 

 家へ帰った主人は,ちっぽけな家には相応しくない大きな水槽に,吾輩と二匹のタイを入れたが,タイは魚籠に入れたままで,数時間後,台所へ運ばれ絶命。刺身やら塩焼きにされ,家族の胃袋に消えてしまった。

 実は吾輩は体長15cmとそれほど大きくないが,キンメダイの仲間で見かけによらず美味しいらしく,人間どもの餌食となることが多い。幸い食い意地の張った主人はそれを知らないようで,吾輩はメジナ・ベラ・ナマコ・カニ等々と一緒に飼われることになった。

 翌朝,主人は釣り餌のオキアミを小さく刻んで水槽に投げ入れ,吾輩がどう反応するか心配そうに覗き込んできた。メジナやベラ共は奪い合うように食べていたが,吾輩はプライドが許さないので知らぬ顔の半兵衛を決め込んだ。

 二日,三日,そして一週間が過ぎても,吾輩は主人の前では弱みを見せず,知らんぷりしてオキアミを食べなかった。主人は不安になっていろいろ調べていたようだが,吾輩が生き餌しか食べないことを知り,少ない小遣いの中から大奮発してスナイソメを買ってきた。

 主人は勿体ぶってスナイソメを投げ入れてきたが,大喜びして食らいつくメジナやベラを横目に,吾輩は依然としてそっぽを向いていた。当てが外れた主人は何を思ったか,小さな釣りバリを持ち出し,その先にスナイソメをチョンガケにして吾輩の目の前に吊り下げたものである。

 誇り高き吾輩としては「武士は食わねど……」の心境で無視していると,主人はスナイソメのついたハリの糸を,水槽上部のエアーパイプに結び,スナイソメだけが水中に垂れるようにして姿を消した。ところが,主人に似て食い意地の張ったメジナの馬鹿が,水中からジャンプしてハリのついたスナイソメを丸飲み,ハリがかりしたメジナは半身が宙づりとなりバシャバシャ大暴れ,物音を聞いた主人が慌てて駆けつける騒ぎとなってしまった。

 それまでメジナは水槽の中で,まるで牢名主のように振る舞っていたが,この一件ですっかり面目を失った。焦ったメジナは流石に吾輩には手出しをしなかったが,仲間のメジナやメバル・ベラ達を追いかけ回しいじめるので,見かねた主人が大きな網ですくい上げ,鴨居の海へ放してしまった。



 それから,あっと言う間に半月が過ぎ,一ヶ月が過ぎたが,その間,吾輩は主人の前では相変わらず何も口にしなかった。主人は毎日,吾輩を心配そうに観察していたが,一向に衰えない吾輩を見て細君に「松ちゃんは不思議な魚だね!一ヶ月間何も食べないのに,元気で痩せもしない。水だけで生きているのかな?」とノー天気なことを言っている。
一ヶ月半が過ぎた頃,流石に間抜けな主人も気づいたらしく「お母さん,松ちゃんはカニを食べているらしい。水槽のカニが一匹も見当たらないよ!」と,大発見でもしたように細君へ報告している。

 実は吾輩はカニが大好物である。カニと言ってもタラバガニやズワイガニのような大物ではない。磯に棲むイソガニやイワガニのような小さなカニで,夜になり石の下から出てきて,水槽の中をゴソゴソ動き回るのを,少しずつ食いつないできた。

 吾輩の主人はやたら好奇心が強く,何にでも興味があるようで,以前から,カニを捕まえてきては水槽に飼っていた。それが幸い吾輩の食糧になっていたのだが,それもほとんど底をつき,少々心細くなっていたところであった。

 しばらくして主人は何を思ったか,小さなバケツを下げて何処かへ出かけて行った。一時間ほど経ってから,なにやら得意げに帰ってきたが,バケツから小さなイソガニやイワガニを取り出し,これ見よがしに吾輩の鼻先に投げ入れた。

 吾輩は内心嬉しかったが沽券に関わると,見て見ぬふりを決め込んだ。吾輩がカニに食らいつくとばかり思っていた主人は,拍子抜けしてガッカリしたようである。それでも主人は,吾輩がカニを主食とすることを知ってからは,カニの減り具合を見て時々補充してくれるので,食糧の心配は無くなった。なんとも浅はかな男ではあるが,憎めないところもあるようである
 ところで吾輩には,もう一つ主人に秘密にしていることがあった。吾輩は夜行性なので,暗がりでカニなどのエサをおびき寄せて捕らえるため,下あごの先端部に青緑色の光を放つ発光器なるものを備えているのである。発光器にはバクテリアが寄生し,まるでホタルのような弱い光を出すので,吾輩は発光魚と呼ばれ,知る人ぞ知る存在である。

 それを何処で知ったかある日の真夜中。吾輩がいつものごとくカニ漁に励んでいると,主人が明かりもつけずに,二階から抜き足差し足で下りてきた。老眼鏡をかけ暗い水槽の横に座り,物好きにも吾輩の姿を必死に捜している。

 やがて吾輩の微かな光に気づいた主人は,いきなり蛍光灯のスイッチを入れた。一瞬にして白日の下に晒されたような水槽内には,ベラの姿はなく。小さなカニ共が右往左往逃げまどい,流石の吾輩も目が眩んで呆然としていた。

 外見に似合わず温厚な吾輩も,今回ばかりは堪忍袋の緒が切れたが,囚われの身としては如何ともしがたい。すると,水槽のコケ?を食べるので重宝がられ,三年ほど前から飼われて,主人の性格をよく知っているレイシ貝が,「主人は物好きで飽きっぽい性質だから,半年も我慢すれば鴨居の海へ逃がしてくれるよ!」と慰めてくれた。

 この水槽からおさらばするには,例のメジナのように,弱い魚をいじめる手もあるが,吾輩のプライドが許さない。食糧の心配もなくなったことでもあり,しばらくはノー天気な主人を観察,海の仲間達への土産話にしたいと思っている。
マツカサウオ・発光スライドショー
   
 マツカサウオの発光スライドショー(2秒間隔)をご覧になりたい方は,上記タイトルをクリックして下さい。但し,実物は微光で撮影不能のため,本スライドショーは作者の創作です。そのため,実物の色・形・動きとは多少異なりますので,この点ご了承下さい。尚,色・形・動きはホタルに似ていて,UFOのような動きをすることがあります。

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