フェリーからシップウオッチング

 
 早朝,新聞を取りに外へ出ると,雲一つない青空が広がっていた。風も無い穏やかな陽気に誘われて,対岸の房総半島へドライブに行ってみたくなった。お目当ては小湊鐵道の里山トロッコ列車。日本の原風景とも言える菜の花咲く沿線の里山をトロッコ列車で旅するのも乙なもの。

 朝食時,家内を誘ったところ二つ返事で行くという。最近は何かと意見が合わないことが多い二人だが,珍しいこともあるものだ。東京湾口の三浦半島・久里浜と房総半島・金谷を約40分で結ぶ東京湾フェリーは1時間に1便しか運航していないため,時刻表を調べたところ午前9時25分の便が都合良さそうだ。

 我が家から久里浜のフェリー乗り場までは車で20分足らず。朝食後,あたふたとドライブの準備。準備とは言っても普段とほとんど変わらない格好で9時10分前頃に出発。フェリー乗り場に到着した時には,乗船予定のかなや丸が既に着岸していた。
2018.3.14
練習帆船「日本丸
   
 まもなく乗船が始まり最後尾で乗船後,デッキへ出るとフェリー近くの岸壁に練習帆船「日本丸」が着岸していた。何ともラッキー!このようなアングルから日本丸を撮影することは滅多に無いチャンス。少々興奮気味に10数枚の写真を撮った。

 日本丸は久里浜港の隣り浦賀港にあった浦賀造船所で1984年(昭和59年)竣工した練習帆船。その進水式には来年退位される平成天皇が皇太子殿下として美智子妃殿下と共にご臨席,妃殿下が支鋼切断されたことが懐かしく思い出される。
  
 その翌々日,毎週金曜日に新聞の折り込みとして配達される地域情報紙「タウンニュース横須賀版」の一面トップ記事を見て驚いた。なんと私の写真が掲載されていたのだ。同紙へ写真を提供した筈も無いのに何故?訝しく思いながら両方を入念に比較チェックしたところ,アングル&構図はほぼ同じながらも細部が異なることが判明したが,偶然とは言いながらあまりにも似ているのに驚かされた。
 

2018.3.16発行 タウンニュース横須賀版
ジェット船「セブンアイランド虹」
   
 無風快晴,海はベタ凪の好条件にデッキのベンチに腰かけていると,やがてエンジンが始動,ユックリと動き出した。すると港口から突然,東海汽船のジェット船「セブンアイランド虹」が姿を現した。ジェット船は高速で水中翼走航中は船体を浮上しているが,港内では浮上していないため一見したところ普通の連絡船か遊覧船にしか見えない。

 ジェット船は久里浜と大島を一時間で結ぶ高速船で,大島への日帰り観光が可能。しかしながら,東京(竹芝)ー大島航路のジェット船が久里浜へ寄港するするのは原則として土休日のみ。それも期間限定で往路は午前8時~9時台,復路は午後4時台のそれぞれ一便だけなので,大島での滞在時間は5~6時間程度。利用したい場合は運航スケジュールの事前チェックが欠かせない。

 一昨年,家内が旧友に再会するためジェット船を利用して大島へ行ったことがあった。家内によると船窓は小さく,座席ではシートベルト着用,走行中は離席できず,船内はまるで航空機と同じ雰囲気だったという。どうやらジェット船は飛行機恐怖症や船酔いする人,時間的に余裕のない人等には便利だが,ノンビリ船旅を楽しみたい人には不向きな乗り物のようだ。因みに本船の定員は254人で意外と大きい。
 
 私は水中翼で浮上走航中の本船を観音崎ではたびたび目撃してきたが,真正面から本船を見るのは今回が初めて。観音崎では側面からだけ写真に撮っていたので,私は「セブンアイランド虹」という名の船が2隻あると思い込んでいた。しかしながら,1号・2号と区別されていないのを不審に思い,一昨年,東海汽船のお客様センターへ電話してその事を尋ねてみた。

 すると電話口に出た若い女性は,素朴な疑問で電話した私を小学生とでも思ったのか,実に優しく丁寧に教えてくれた。『「セブンアイランド」は七つの島・伊豆七島を意味します。「虹」は七色ですね!「セブンアイランド虹」の船体は七色に塗り分けられていて,船体の左側(左舷)は赤・橙・黄,上部は緑,右側(右舷)は青・藍・紫です。そのため側面から見ると別の船のように見えるのですよ。』私は「ありがとうございました!」と精一杯可愛い声を出して電話を置いた。 

往路水中翼走航中

復路水中翼走航中
 「セブンアイランド虹」の船体塗装デザインは,トリスウイスキーのCMキャラクター「アンクルトリス」生みの親として知られるイラストレーターの故柳原良平氏。同氏は船と海を愛し東海汽船の名誉船長として本船の他「愛・友・大漁」のジェット船及び大型客船「橘丸」のカラーリングも手がけている。カラフルなデザインのジェット船が高速で浮上,水中翼走航して大型船をスイスイ追い抜いていく姿は,まるでアメンボのようでどこか愛らしい。

 そのジェット船も建造後24~38年経過。中でも老朽化が目立っている「セブンアイランド虹」は代替船の建造が決定,新造船は2020年6月に就航する予定という。新造船の船体カラーリングデザインとネーミングは,2020年東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムに採用された野老朝雄(ところあさお)氏。同氏がデザインすることで船体塗装が「虹」から「市松模様」に変わるとは思えないが,柳原良平氏のカラフルなデザインをまとったジェット船が消えていくことには一抹の寂しさを覚える。
   

「観音埼」柳原良平 画
2008年5/6月カレンダー
フェリーからシップウオッチング
   
 久里浜から金谷までは約40分の船旅。私は年に1~3回房総半島へドライブに出かけるが,船上から見かける景色は見慣れているため,普段は乗船すると客室で休眠することがほとんど。ところがこの日は港内で「日本丸」,港口で「セブンアイランド虹」に出会った幸運と風も無い暖かな陽気に気を良くして,そのままデッキで過ごすことにした。

 フェリーの航路は東京湾の浦賀水道を横断している。港外へ出るとたまたま曜日(水)と時間帯が幸いしたのか出船入船のラッシュ,数も多く種類も豊富だ。私は長年にわたり観音崎でシップウオッチングを楽しんでいるが,フェリーからのそれはアングルや構図がフレッシュで時の経つのを忘れ,約40分の船旅はあっと言う間に終わってしまった。その間に出会ったいろいろな船の中から特に印象に残った船を3隻ご紹介したい。 
エスコートボート(進路・側方警戒船) 「POLARIS」
   
 港外へ出てからしばらく行き交う船をぼんやり眺めていると,けたたましい警笛を鳴らしながら一隻の小型ボートが近づき,私達の乗ったかなや丸の横を走り抜けていった。何事かとその後方を眺めると巨大バルクキャリアがユックリと迫っていた。一見したところサメかシャチに追いかけられた魚が悲鳴を上げながら必死に逃げているような光景にも見えるが,この小型ボートは巨大船の進路・側方を警戒し衝突事故を防ぐことを任務とするエスコートボートなのだ。フェリーからはこのエスコートボートに似たパイロットボートやタグボートなど小型船の活躍する様子を間近に見ることができる。
 

貨重量209,649のバルクキャリア「AEGEAN CLOVER」をエスコート
東京湾フェリー「しらはま丸」
   
 航路の中程で東京湾フェリーの「しらはま丸」とすれ違った。30年ほど前に浦賀造船所で建造された船だが,船体中央側面に犬のようなイラストとCHIBAの文字が描かれているのが目に入った。昨年までは無かったものだ。帰宅後,調べたところ次のようなことが判った。

 イラストは千葉県のマスコットキャラクター「チーバくん」。横から見た姿が千葉県の形をしていて,千葉県に住む不思議な生き物だそうだ。東京湾フェリーが今年会社創立60周年を迎えた記念として,千葉県と南房総5自治体(館山市・南房総市・鴨川市・富津市・鋸南町)の協力で,千葉県のイメージアップと観光促進を目的にイラストをラッピング,平成29年12月から就航しているとか。 
 
フェリー 「さんふらわあ さつま」
   
 「しらはま丸」とすれ違ってまもなく,観音崎方面を眺めると白い船体側面に大きい太陽が印象的なフェリーが目に入った。現在,東京湾内の造船所で建造中の「さんふらわあ さつま」だ。海上公試運転中のようでバックには観音埼灯台が見える。一見したところ灯台の直ぐ目の前を航行しているように見えるが,実際は4km前後は離れているだろう。帰宅後調べたところ,本船は竣工後2018年5月15日(火)から大阪-鹿児島・志布志間に就航と判った。

 フェリー(Ferry)は観光客専用では無い日常の交通手段として使われる客船・貨客船のことで,私は最近までフェリーに対してクルーズ客船の高級感からはほど遠いイメージを持っていた。ところが近年建造される長距離フェリーの多くは船形も大型化,豪華客船並みとは言えないまでも船内設備やエンターテインメントも充実,カジュアルクルージングが楽しめるようになっているようで,これ迄のイメージを払拭する必要がありそうだ。
 
余    談
   
 10時5分頃かなや丸はほぼ予定通り金谷港に到着。この日の南房総ドライブの目的は「小湊鐵道・里山トロッコ列車の旅」であったが,家内の希望で「大多喜城・城下町見物」と「保田漁協直営食堂の海鮮料理」を追加することになっていた。私は想定外の「フェリーからのシップウオッチング」で既に満足。保田でのんびりビールを飲みながら新鮮な海鮮料理を食べて家へ戻りたい気分だったが,家内はこれからが本番の意気込み。

 家内に促され愛車に乗り込み,我が家恒例のトウナビを努めることになった。我が家の愛車は10年物の軽クラシックカー。カーナビは付いていないので,私がトウナビ(トウチャンナビゲーターの略),ドライバーは運転好きなカーちゃんが努めるのが慣例。但し,高速道路の場合はほとんど私が運転することになっている。

 房総半島の道路は海岸沿いの国道や高速道路は問題ないが,内陸部を横断する道路は信号機が少ないのは良いとしても,道路案内標識が少なかったり,分岐点で標識が有ったり無かったりで地図とニラメッコしても戸惑い道に迷うことが多い。

 それを踏まえ予定では迷う心配の無い小湊鐵道始発駅の五井駅へ行き,里山トロッコ列車に乗車したり大多喜城へ行くつもりでいたが,列車の乗り換えが多い上に待時間も長く,再び五井駅へ戻るのはあまりにも効率が悪い。そこで考え直して春の里山をのんびりドライブしてトロッコ列車の終着・養老渓谷駅へ直行することにした。

 ところが案の定?悪い予感が的中。上総松丘の分岐点で右折すべきところを左折,久留里城近くになってようやく間違いに気づいた。分岐点に明確な標識が無かったのが原因?分岐点まで戻れば良いがあまりにも腹立たしい,そこで市町村道を利用して養老渓谷駅を目指すことにしたが,これが失敗を上塗りすることになってしまった。

 見知らぬ田舎道をウロチョロ,家内はイライラ,私はオロオロ,トウナビはお手上げ状態になってしまった。気を取り直し地元の人に道を尋ねると皆一様に不審そうな顔をされた。カーナビが普及した昨今,ドライバーから道を尋ねられるようなことは無いのだろう。それでも皆さん哀れな老人をいたわるように,親切丁寧に道を教えてくれた。お陰で12時15分頃ようやく養老渓谷駅へたどり着くことができた。

 早速,駅の改札口へ行き,時刻表を見るとトロッコ列車は11時36分に出発済,次発は14時2分。何とも中途半端な時刻に到着したものだ。居合わせた女性駅員に尋ねたところ,次発のトロッコ列車に乗車,次の停車駅「月崎駅」で下車,普通列車で養老渓谷駅へ戻ってくると15時近くになるという。

 どうしようか?考えあぐねて先ずは腹ごしらえと駅前に一軒ある食堂へ入り,名物という「山菜そば」を注文した。地元産の春の味タケノコ,ワラビ,コゴメ等々が盛りつけられた山菜そばを味わいながら,店主の老婦人と四人連れ観光客の会話を何気なく聞いていると,駅近くに菜の花畑と呼ばれるトロッコ列車の観光スポットがあるらしい。
 
2018.4.11発行 読売新聞・夕刊
小湊鐵道・菜の花列車
   
 トロッコ列車に乗り,15時頃に養老渓谷駅へ戻ってきた場合「大多喜城・城下町見物」と「保田漁協直営食堂の海鮮料理」を楽しむ時間的余裕はほとんど無い。そこで美味しい山菜そばのお陰でやや機嫌を直した家内と相談,店主に菜の花畑への道順を教えて貰い,13時4分養老渓谷駅発の上り普通列車をそこから見送ることにした。

 店主の話では菜の花畑は駅から車で5~6分程度の場所にあり,駐車場もすぐ近くにあると言う。早速,車で菜の花畑に向かったが,7~8分を過ぎてもそれらしき場所に着かない。10分を過ぎた頃になってようやく畑の入り口に到着したが,駐車場はそこから更に離れた場所にあった。「遠くて近きは男女の仲,近くて遠いは田舎の道」とはよく言ったものだ。

 菜の花畑は思いの外広く,花は満開。周辺は里山らしい雰囲気に包まれている。いかにも日本の原風景を見る思いだ。その畑を貫く一本の農道に平日にもかかわらず老若男女30人前後の観光客がカメラの放列を敷いている。世の中暇人が多いものだと私もその放列に加わった。

 暫くしてガタゴトと列車が近づく音が聞こえ,一両編成のディーゼルカーが姿を現した。待ち構えたカメラマン達の「カシャカシャ」というシャッター音を浴びながら列車はのんびり菜の花畑を横切っていった。お目当てのトロッコ列車で無いのは残念だったが。一両編成の列車はどこかのどかで,半世紀以上も昔,幼き日に疎開先の静岡で見た軽便鉄道の記憶が蘇ってきた。
  
2018.4.11発行 読売新聞・夕刊
大多喜城と城下町の老舗
   
いすみ鉄道のムーミン列車
   
保田漁港の夕日
   

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